医師の臨床以外の働き方!産業医は社員のメンタルヘルスへの対応が求められます
バブル経済崩壊後の大規模なリストラや、年功序列・終身雇用の崩壊、非正規社員の増加などの雇用形態の変化、急速なIT化による人間関係の変化、裁量労働制の導入などによる労働時間の変化といった様々な要因から、労働者の精神的ストレスが増大しています。
厚生労働省が実施した「労働者健康状況調査(2012年)」によると、職場で強い不安やストレスを感じている労働者は60.9%にも上っています。
日本国内における年間の自殺者数は約3万人と先進諸国の中では突出した数字になっていますが、そのうち約27%は「被雇用者・勤め人」となっており、職場での超過労働や人間関係などに起因する「勤務問題」が原因・動機とされる人は約2,500人となっています。
このような状況の中、健康診断や面接指導などを通じて従業員の健康管理を行う「産業医」に期待される役割は大きくなっています。
従来の産業保健は、労働災害や事故予防に重点が置かれていましたが、近年は生活習慣病の予防のための「健康教育」や、うつ病や自殺などの「メンタルヘルス」、過重労働に関する「健康問題」への関わりが重要視されており、2006年の労働安全衛生法改正では、産業医の「過重労働者面談」が義務化され、企業の労働管理に医師が関与する責任が発生しました。
指定医の取得は必須!? 産業医の採用ニーズと優遇されるスキル・資格
近年の産業医には、健診後のカルテ分析、健康相談、職場で体調を崩した社員の応急処理など、従来の内科的な対応だけでなく、うつ病などのメンタルヘルスへの対応も求められるようになっています。
しかし、「精神科は自分の専門じゃない」という理由で、メンタルヘルスの不調を訴える社員への対応を怠る産業医の存在が一部で指摘されています。これは産業医の業務の半分を放棄しているのと同様です。
現在、産業医の職務におけるメンタルヘルスへの対応は、「選択科目」から「必須科目」へと格上げされたといっても過言ではありません。
そのため、指定医(精神保健指定医)を取得している医師を優先して採用するところも出てきています。
社会的なニーズは高い産業医ですが、不況の影響で専属(常勤)の産業医を置くところが減少しており、多くの企業は嘱託(非常勤)の産業医と業務委託契約を交わしています。産業医の採用を行っている企業も首都圏や大都市に集中していることから、産業医の転職は狭き門といえます。
それでも産業医として民間企業で働きたいと考える医師が増えているのは、以下の3つの理由が挙げられます。
専属の産業医の場合、基本的に完全週休二日制、9時〜17時勤務となっています。医療機関で勤務する際に大きな負担となっていた当直やオンコールはありませんので、仕事と家庭の両立が可能です。
採用活動を行っている企業の大半は有名な大企業ですので、社員の一人である産業医も一般の社員と同じ福利厚生を受けることができます。また平均給与は1,000万〜1,200万円台となっており、業務内容に比べると魅力的な数字となっています。
産業医の業務を行ううえで、読影時の見落とし、手術による後遺症・死亡などの訴訟リスクが発生することはまずありませんので、精神的に余裕を持って仕事に臨むことができます。
産業の勤務先は、医療系雑誌の広告や人材紹介会社などを通じて探すのが一般的ですが、大学医局との関連や縁故による採用も少なくありません。大企業の産業医の募集は競争率が激しいため、人材紹介会社では「非公開求人」として、サービスに登録した医師だけが紹介を受けられる仕組みになっているケースが増えてきました。
企業専属の産業医の年収は約1000万〜1200万円(臨床勤務医の給与体系と近い)
産業医の給与体系は、専属産業医として働く場合は、臨床勤務医の給与体系に非常に似たものとなっています。
大手家電や大手自動車など日本を代表する伝統的なメーカーの多くは、卒後何年目で○×万円という国立病院や公的病院に近い給与体系を採用しているのに対し、ITに代表される新興企業の多くは業務内容や立地条件、産業医のキャリアなどを勘案して、個別に話し合って決めることが多いため、民間病院に近いスタイルとなっています。
専属産業医の平均年収は約1000万〜1200万円となっており、こちらも病院と大きな違いはありません。勿論、病院でも公的か民間か、大都市圏か地方かなどで違いがあるように、産業医の年収も会社の規模や業種によってある程度の幅はあります。
一方、専属ではない嘱託産業医の場合、給与体系は臨床医と大きく異なります。臨床医の外勤は時給換算ですが、産業医の場合は「顧問料」として契約します。発生する顧問料の金額は企業規模や業務内容で差はあるものの、だいたい月1回2時間の訪問で月5万〜20万円です。
訪問する時間帯だけでなく、その企業で問題が起きたとき(社員のメンタルヘルス、インフルエンザの流行など)のアドバイザー的な役割も求められるため、医師よりも企業の顧問弁護士に近いといったほうがイメージしやすいかもしれません。
嘱託産業医は通常は臨床医として医療機関で働き、空いた時間に顧問先の企業を訪問することが多いですアg、近年は専属産業医として経験を積んだ産業医を中心に、「開業産業医」として数十社の顧問先を抱える例も増えてきています。開業産業医は、産業医事務所を開いて、顧問先を持つという点で、弁護士や税理士などに近い開業スタイルといえます。臨床医と同様、産業医でも企業の専属勤務より、開業した産業医の方が年収が高い傾向にあります。
東証一部上場企業に勤める産業医の業務内容と一日の仕事の流れ
現在、都内にある財閥系の企業の健康管理部門に勤める産業医です。この企業は多数のグループ会社を抱える大企業ですが、1つの健康管理部門で企業全体の社員の健康管理を行っています。
部門内ではグループ会社ごとに担当が分かれており、1社につき産業医が2名、保健師6名がチームとして業務にあたっています。週に1回はチームで会合を行い、情報の共有を行います。
産業医は「一社員」として民間企業に採用されるため、始業時間も他の社員と同じく午前9時となっています。だいたい30分前くらいには出勤し、その日のスケジュールの確認をしてから仕事に臨みます。
まずはメールで寄せられた社員からの健康相談や、保健師から報告された健康診断のデータなどに目を通し、生活指導、休養、受診推奨などの措置が必要な面談対象者をピックアップします。
休職中の社員との「復職面接」はほぼ毎日あります。休職社とは月に1回産業医と面接を行うことになっていますが、これも不況の影響なのでしょうか、体調面ではなくメンタルヘルスの不調で常に15人〜30程度が求職しています。
産業医、社員、上司との三者面接になることもありますし、時には休職者の家族も交えながら家庭内での様子、医療機関への受診状況、薬の管理などを聞いて、復職に向けて現在、どのくらいの段階にあるのかを判断します。
それ以外は、健康相談や健康教育のために、担当する事業部がある会社に職場巡視を兼ねて出向きます。過重労働者(月80〜100時間超の残業をした社員)への面談などは午後から半日かけて行います。健康教育はインフルエンザ、海外出張時の注意点、人間関係のストレス対策など会社からの要望に応じたトピックスについて、医師の立場からアドバイスを行います。
「過重労働者面談」は、医療機関とはまた違ったコミュニケーション能力が求められます。というのも、既になんらかの病気を抱えて医療機関にやってくる患者が相手の場合、ほとんどの患者は医師のアドバイスに耳を傾けてくれますが、長時間労働の面接では社員本人が「体調は問題ないし、自分の意思で(長時間)働いているのにどうして面接の必要があるのか?」と思っていることが少なくなく、現在は問題なくても長期的には心身への影響が出かねないということをなかなか理解してもらえないのです。
面接を終えたら、面接の記録などの書類をPCで作成します。一応、終業時間は午後5時となっていますが、不在中の電話やメールの返信などに追われているとたいてい6時過ぎの退勤となります。