臨床・研究のほか、次世代の医師の教育も大学病院の重要な役割

2012年にドラマ化され高視聴率を記録した山崎豊子の「運命の人」ですが、医療関係者にとって山崎豊子といえば、なんといっても1960年代に発表され、何度も映画・テレビドラマ化されてきた名作「白い巨塔」でしょう。

医局のトップは大学教授

浪速大学の野心に燃える天才外科医・財前五郎と研究一筋の内科医・里見脩二の二人を通じて、患者の命を軽視して権力闘争に明け暮れる大学病院の実情、医局制度が抱えていた問題など、医学界に深く根付いた腐敗を追及した社会派小説の代表とも言える作品です。

近年の医療事情を反映した2003年のドラマ版(財前役は唐沢寿明)は勿論、1966年の映画版(財前役は田宮二郎)あるいは小説版を読んだ大学病院の若手・中堅医師は「なんだ、これってウチの病院そのまんまじゃん!」という声も多く聞かれているようで、現代も変わらない一面があるようです。

例えば、2010年に東京医科大学八王子医療センターで生体肝移植の手術を行った際に多くの死亡例が出たことが明るみになりましたが、第三者委員会による調査結果では、センター長のポストを巡って二人の教授が対立し、肝移植の治療実績が芳しくないことを把握していながら、両教授とも対応を取らずに放置していたことが記載されています。

このような権力争いが行われる理由を理解するためには、そもそも大学病院とはどういう仕組みになっているのかを知っておく必要があります。全国の大学で医学部を有するのは東大、京大、阪大などをはじめ、80あります。そして、文部科学省によって「医学部を擁する大学は附属病院を設置する」ことが義務付けられているため、医学部の付属施設として「大学病院」が存在します。

大学病院は、本院とそれ以外の附属病院があり、例えば東京女子医科大学は、本院のほかに東医療センター、附属青山病院、附属八千代医療センター…etcなどの施設を持っています。こうした施設を合わせると全国には160を超える大学病院があり、そのトップが病院長またはセンター長となるのです。

大学病院には、@医学生の教育(6年)、A患者さんの診療(高度医療を提供する大学病院の本院は、特定機能病院に指定されており、難病患者の診療など行う)、B次世代を担う新治療の開発、という3つの大きな役割があります。

治療(臨床)だけでなく、教育や研究といった役割もあわせて担っている点が大学病院の特徴です。医学部の学生が受ける実習に加えて、院生や卒業生の研修の場であることも大学病院に特有の教育です。

大学病院には、診療科ごとに「医局」と呼ばれる組織、そして教育研究を行う大学医学部には「講座」という組織がそれぞれあります。国内の大学のほとんどは、講座のトップである教授が診療科のトップも兼ね、絶大な権力を握る「医局制度(医局講座制)」という構造になっています。

関連病院の人事権、研究費の割り当てなど、権力が教授に集中する医局制度

医局を簡潔に表現するなら、"大学病院の教授が担当する講座や診療科に所属している医師のグループ" です。医局は、その頂点に君臨する教授以下、准教授、講師、助教、医師・大学院生、そして研修医というピラミッド型の権力構造になっています。

財前教授もビックリの医局人事

医局への入局は、必ずしも同大学の卒業者である必要はありませんが、地方の大学病院の医局ほど同じ大学の卒業生で占められる割合は高くなる傾向にあります。

医局のトップである教授の権力は絶大で、病院長であっても、医局内の人事を差配することは難しいのが一般的です。各科の教授で構成される"教授会"は、病院経営の意思決定機関として病院の重要事項を決めるだけでなく、新しい教授の選任機関でもあります。

教授を選任する"教授選"は、本来ならば候補者である准教授の研究成果、臨床能力を基準に選ばれてしかるべきです。しかし、教授会には、候補者の診療科とは異なる科の教授が多く在籍しているので、医学研究・臨床の細分化、高度化とも相まって、論文や臨床の実力を客観的に判断することは困難というのが実情です。

そうなると"根回し(政治力)"が求められます。医療ドラマで教授選が描かれる際には必ずといっていいほど、現金の受け渡し、バーター取引、ライバル候補の妨害工作(怪文書など)など、政治家さながらの泥沼模様が繰り広げられます。

ただし、ライバル同士の多少の足の引っ張り合いはあっても、現在は露骨な現金のやり取りなどはほとんどなく、あくまでもドラマ向けの脚色です。だからといって、他の診療科の教授への"根回し"なしに実力本位で新教授が決まるほど甘いものでもありません。

大学病院は、地域医療を担う医療機関に医師を派遣している「関連病院」を持っているため、研修医は医局のローテーション人事で派遣先で様々な経験を積むことができます。「専門医の資格を取得しやすい」、「研究の最先端の現場で豊富な症例を診ることができる」、「学会や留学などで海外に出るチャンスがある」ことも医局に所属する大きなメリットです。

しかし、どの病院に誰を何年間派遣するかは「人事権」を握っている教授のさじ加減一つで決まるため、人事の意向に沿わない医局員は、その後のキャリアでなんらかの不利益を被ることは十分にあり得ることでしょう。また莫大な研究費の使い道なども教授が決めることができます。

人事権、予算の配分などの権力が教授に集中する医局制度はさまざまな問題を生む温床となりかねないことから、廃止する動きがでてきました。例えば、大学病院の医局トップ(診療科長)は大学医学部教授とは別の医師をあてたり、関連病院へ医師を派遣する際には、教授ではなく、地域医療機関等が参加する協議会で決定するなどです。

しかし、新卒医師に2年間の研修を義務付ける「臨床研修制度」が2004年に導入され、自身の希望で研修先の施設を選ぶことが出来るようになったため、医局に属さずに一般病院で研修を受ける医師が増えてきました。ただ依然として大学の権力は大きいものがあります。

難治性のがんや希少疾病など、高度かつ先進的な医療を担うことができるのは大学病院です。「不毛極まりない権力闘争はほどほどにしてもらい、診療に集中できる環境を整えて欲しい」というのが患者の本音ではないでしょうか。

医局離れが進み、派遣医師に依存していた地方・中小の病院が人材不足で疲弊

日本における医師の数は、市場原理で決定されるわけではなく、医学部の入学定員数の管理を通じて政府が厳格な調整を行っています。

救急病棟の医師

にもかかわらず、勤務医が不足している病院は後を絶たず、募集しても医師が集まらないことから、診療科を休診・閉鎖したり、最悪のケースでは閉院となる病院も出てきています。

日本には約27万人の医師がおり、フルタイムで診療を行っている臨床医は約22万人と推定されていますが、この数は多いのでしょうか、それとも少ないのでしょうか?

OECD(経済協力開発機構:ヨーロッパ諸国を中心に日・米を含めた先進国が加盟)のヘルスデータ2010年度版によると、人口1000人あたりの日本の医師数は2.2人となっており、加盟国平均の3.2人を大分下回っています(アメリカ2.6人、ドイツ3.9人、最多はギリシャの6.0人)。

厚生労働省が全国の約8200の医療機関を対象に立入り検査行った結果、医療法の規定する医師の標準数をクリアしていたのは90.0%でした。500床以上の病院では97.9%と高い数字を示していますが、20〜49床の病院では84.5%となっており、中傷病院における医師不足が深刻なことが分かります。

中小病院や人口の少ない地方で医師が不足している背景には、2004年から導入された新臨床研修制度で、多くの医師が初期研修先として都市部の民間病院や公的病院を選ぶようになり、大学病院を敬遠するようようになったという事実があります。

その結果、大学の医局に所属する医師が減少し、それまで医局から医師の派遣を受けてきた地方や中小の基幹病院に医師を派遣する余裕がなくなってしまったのです。様々な弊害が指摘されてきた医局制度ですが、地方や僻地、中小病院への医師供給システムを担ってきたことは間違いありません。

政府は長年、「医師の絶対数は足りている。都市と地方、そして診療科の偏在が問題でそのバランスを取れば問題は解決する」とし、日本医師会の「問題の根っこは絶対数が不足してる点にある」という主張と真っ向から対立する立場を取ってきましたが、ようやく医学部入学者定員の増加を行う方針に転換しました。

しかし、政府の主張にあるように地域や診療科による偏在が存在しているのもまた事実です。厚生労働省が病院の届出医師数の充足率を調査したところ、北海道・東北の充足率が77.8%と、大都市圏に比べると20ポイント、全国平均でも12ポイントも少なくなっています。

診療科の偏在では、訴訟リスク、勤務が過酷などの理由で産科、小児科、麻酔科、外科の志望者が減っています。特に産科医の不足は深刻で、産科の休診、お産の受け入れ人数の制限を行う病院や、外来に特化して分娩は行わない産婦人科医院も増えてきました。

産科、小児科の医師数だけ見ると、微増傾向にあります。しかし、この二つの診療科は女性の割合がいずれも約3割と高いので、結婚して自身が出産・育児をする年齢になるとフルタイムで当直まで担当することは難しため、問題の根本的な解決にはなっていません。

専門家の間では、今後、外科不足も表面化すると予測されており、高齢化社会を迎えて増加するがん手術などは2〜3ヶ月待たないと手術を受けられない事態も繰るのではと懸念されています。